こんにちは、根黒ぷれ子です。

今日は長いことブームの続いているメダカについてのお話なんだ。

 

メダカってお店では当たり前のように買えるけど、自然界ではその数を減らしているよね。

だからメダカの「放流」を考える人がいることも、わからなくはないんだけど……。

 

今回はそんなちょっと重たいお話をしていくけど、よろしくなんだ!

当記事についてのお願い

当記事の「放流」はあくまで飼育者による放流の話です。自然回復のプロジェクトや公的な機関による計画的な放流などはまた別ものですので、混同しないようにお願いいたします。

メダカを増やして川に逃がす。これはメダカのためにならないの?

虫季萌菜虫季萌菜

放流ってなんで難しいんですの?

根黒ぷれ子根黒ぷれ子

放流は「放流先」のこととか考えないといけないからね。

虫季萌菜虫季萌菜

あー、自然のことを……。

根黒ぷれ子根黒ぷれ子

そうそう、しかもその未来まで。

虫季萌菜虫季萌菜

確かに、それは難しそうですわ……。

放流がなぜ「ダメ」だと言われるのか。その理由を知るためにはまず放流がなぜ難しいのかを考えないといけないんだ。

 

第一に、相手が複雑な自然であること。

川、池、用水路などなど(人間の影響もあったりなかったりするけど)天候、水質、他の生き物の数などなど、ちゃんとその放流先について把握しようとすると、かなりの知識と経験がいるよね。

さらにその「水」はどこか別の場所の水とつながっていたりもする。

 

そして放流後そのメダカたちがどうなって、どういう影響をその場に与えていくのか。そうした未来もちゃんと想像しないといけない。

ね?ややこしいでしょ?

うん、ややこしいね……。

 

というわけで今日は、放流のややこしい話をいろいろ紐解いていこうと思うんだ!

川のメダカと自分の家のメダカは違う

メダカはメダカ。

そんな歌もあったけど、飼育者的にはもう少し踏み込んだ視点が必要なんだ。

「川のメダカと家のメダカは違う」

この考えは、本当に本当に大事なんだ!

 

例えば、お店で売っている色鮮やかなメダカたち。

魔王メダカ
様々なメダカが「作出」された改良品種であることは忘れてはいけない
画像出典元:charm

これらのメダカたちは「改良品種」で自然界には存在しないものだよね。

だからそのメダカを放流すると、現地のメダカに「混ざって」しまうんだよ。そしてその間に子供が生まれ「不自然なメダカが自然の中にいる」状態になってしまうんだよね。

そして血が混ざることにより、どんどんその土地のメダカが変わっていってしまう危険性もある。

放流において「少ない数だから大丈夫」なんてことは、なかったりするんだ。

 

改良品種は改良品種だからこそ素晴らしいもの。

改良されたメダカは、自宅の水槽で楽しむものであり、自然の中にあってはいけないものだということをちゃんと理解しよう。

 

色鮮やかなメダカだけでなく、自然界にいそうな「黒メダカ」も放流したらダメなんだよ。

流通する黒メダカはあくまで「自然にいるものに近い色を持つメダカ」であり「自然のメダカ」ではない
画像出典元:charm

メダカには地域ごとに普通に見たらわからないレベルの「細かい」違いがあったりもするから、見た目が同じに見えても混ぜてしまうと、目に見えないレベルで「その土地固有の特徴」が失われていったりしてしまうんだ。

フィッシュさんフィッシュさん

メダカのいる川に「別の川のメダカ」を混ぜるのもリスクになる時があるのです!

家の水と川の水は違う

じゃあ、川で捕まえたメダカを一回飼育して、同じ川に戻すのはどうだろう?

実はこれもあまりよくないんだ。

なぜなら飼育環境には飼育環境ならではの病気とかがあるからね。

発症していなくても、家の水槽の水に触れさせたことで自然界にはない菌を自然界に持ち込んでしまう可能性もある。

 

だから基本的には「一度でも飼育したメダカは自然界に出さない」としておくのが安全なんだよ。

「家の水と自然界の水は違う」

川から汲んできた水も、扱い方や管理方法が変われば水質変化してしまうということをちゃんと頭に入れておこう。

 

流れる川の水を、家の庭の池に入れる。

この時点で、もうその水は「川の水」とは違う水になってしまった可能性が高いということだね。

ヒマチューさんヒマチューさん

水の性質はいろいろな要因で変化するものなのでちゅ!

メダカのいない場所にメダカを放流してはダメ

「この川にメダカがいたら……」

「昔はこの用水路にもメダカがいた」

いろいろな理由で、メダカのいない場所にメダカを放流したいと考える人も多いよね。

ただこれも、推奨はできない行為なんだ。

 

メダカがいないということは、その場所は「メダカが住めない場所」だったり「メダカがいない生態系」だったりするわけだ。

つまりそこにメダカという新しい生き物が来てしまうと、メダカが死んでしまって影響を出したり、生き物同士のパワーバランスが崩れちゃったりするんだよね。

いるはずのないものがいる。

かつていたとしても、それは過去の話だから今に適用できるとは限らないんだ。

バケツさんバケツさん

今と昔の川は違う。だからこそ難しい問題がたくさんあるんだぜ!

川に「逃がす」と「捨てる」の違い

増えすぎたメダカ、事情があり飼えなくなったメダカ。

そんなメダカを川に「逃して」あげたい気持ちはわかる。

 

ただ残念なことに、それを「逃がす」と感じているのは自分だけで、世間からすると「捨てる」という行為でしかないんだ。

 

放流は責任を伴う行為。

そして自然は「誰でも自由に触って良い場所」ではない。

 

だからこそどんなに少ない数でも、放流という行為は「ちゃんと」行わなければいけないものなんだ。

メダカを逃してあげたい、メダカのいなくなった川にメダカを復活させたい。

そうした気持ちは優しさからくるのかもしれないけれど、残念ながら私達のようなひとりの飼育者が負いきれない責任が放流という行為にはつきまとうことを、絶対に忘れてはいけないんだ。

 

気持ちは「逃してあげたい」だとしても、いざ放流してしまうとそれは「逃した」ではなく「捨てた」ことになってしまう。

メダカという日本に生息する魚だからこそ、その問題については深く考えていかないといけないのかもしれないね。